月下に眠るキミへ
 


     9


それでなくとも未成年だし、
イマドキの高校生より脆弱な見た目は、こういう時にも微妙な効果を発揮していて、
相手はいかにも目下相手という態度でいて、
公安関係者だろうかと恐れ慄き、泡を食って逃げるよな素振りさえ示さなくって。

「ひと昔前の映画やマンガじゃあるまいし、
 多少濡れたところで使えなくなりはしないよ。」

ほの暗い室内で、自分の白い髪は暗がりに紛れることなく存在を示していようなと思った。
こちらからだって匂いや気配をしっかと捉えているからお相子ではあるし、
勿論のこと、逃げ隠れするつもりもなかったし。
むしろ、こっちが立ちはだかっているのだということ、
はっきりくっきり主張するには持って来いだったが、

「そうか、やはり君は見習い級の人なんだね。
 だから置き去りにされたか、気の毒に。
 こんな級の事件に関わるなんてまだまだ早すぎたね。」

確かにその通りだけれど、そういった年弱なところからだけじゃあなく、
恐らくはこの姿のせいだろう、妙に清廉潔白な人性だろうと勘違いされるのも相変わらず。

 “こちとら イヤっていうほど犯罪者や身勝手なストーカーやらと対峙して来てるんだけど…。”

孤児院で理不尽な目にもさんざん遭って来たのだ、儘ならない世の中だっていうのも重々承知だ。
そうとも知らず好き勝手を言う相手だが、実のところ、そんなことはどうでもいい。
その手にはさっき太宰さんが
配線をニッパーでパチリパチリと切って解体したのと似たような金属の箱があり。
高飛車な物言いは直接の“敵対者”を前に気持ちが高揚しているからだとして、
自分を格下だと舐めているのなら むしろ好都合。
油断させて何とか危険物を取り上げないとと、敦は相手の呼吸を読むことに集中する。

「私はね、壁を通り抜けられる異能者だ。」

どんな障壁も私には無意味だ。だが、人の心という奴は別でね。
それは愛想のいい顔していた人でも内心じゃあどう思っているものか。
実際 陰で気味の悪い人だと悪く言われているのは慣れっこだったし、
何でどうして此処にいるのだと驚かれることにも馴れてしまった。
悪口なんか言ってない、
嘘なんかついてないと慌てふためくことへ笑っていられたのはいつまでだったか。
そんな不思議な行動はこちらに警戒しつつも ぱっと広まって、
物が無くなれば私が疑われ、そのくせ愛想笑いは大盤振る舞いに向けられたよ。
怒らせたら怖いってさ。何するか判らないってさ。
取り繕わなくてもいいのにね、言いたいこと言やあいいのにね、
悪い奴らに でも怖くてそうと言えない、そんな似非正義や偽善なんて罪だと思わないか?
だから私、見えない悪をいぶり出すことにした。
隠してるでしょ、この人たちと仲がいいの。
困った世情だなんて言いつつ、実はお金出して用心棒にしてるんでしょ?って。
なのに、警察までもが私の叫びを封じようとする。
キミらのような市井の探偵に頼って、自分たちは知らぬ存ぜぬで片づけるなんて卑怯だよね。
危ない武装して、私みたいな異能を持つ人間集めて、
逆らったら殺すとか、家屋敷を破壊するとか脅して人を言いなりにさせて、
金や儲け話を恣にしているマフィアはもっと汚いよね。

「……。」

立て板に水とはこのことか。
年下、しかも捕り物初心者であろうから危険はないし、
恐らくは自分をとっ捕まえたいのだろうから話を訊かざるを得ない相手という
格好の聴衆に出逢えたと、興奮してでもいるものか。
何かに憑かれたように思いを紡ぐ相手へ、
ある程度はそれも足止めに通じるかと黙って聞いていたものの、

「…勝手なことばっか言うな。」

一からげにして腐されるのはムカッと来る、そんなポイントがあったよで。
心の琴線を悪い意味で弾かれたらしい虎の少年、ついのこととて言い返していた。

「それが独りよがりとか、もしかしたら人を押しのけるよな乱暴強引なやり方でもな、
 自信や自負があって、強靱な心でもって自分で立ってる人は、
 他を圧倒するだけの存在感にあふれてて立派なんだよ。」

自分でも何か理屈がおかしいのは百も承知だ。
言葉を知らないし、上手な言い回しがすらっとは出ないのも相変わらず。
だってボクはまだまだ馬鹿だもの。
中也さんなら辛抱強く正解が出るまで待ってくれるが、
こいつはそうはいかないことだろう。
でもいいんだ、

 “時間が少しでも稼げれば。”

さっきの奴を追ってった太宰さんは此処で待っていろと言ったから、
だったらきっと戻ってくる。
その時までこいつを逃がさなきゃいい。

「暴力を振るう犯罪集団は確かによくない人たちだけど、
 お前の言いようは、皆がそう思うだろうってことを建前にしただけ。
 ホントのところは ただの羨ましがりなんだろう?
 人からどう思われているものか、そればっか気にしてるだけじゃないか。
 挙句に わざわざ隠していることを、
 覆いのカーテンめくり上げてまでして暴いて覗いて確かめて。」

誰かに必要とされたい、認められたいっていうのは子供でも思う最初の切望だ。
一人にしないでっていう気持ちが煮詰まったもの。
でも、それにばかり縋ってちゃあ前に進めないし、
実は声なきままに見守ってくれてる人だっている。
それじゃあためにならないからって、
怖い人のまま誤解されてるまま、
でもずっとずっと見放さないでくれてる人だっている。
そんな判りにくい恰好で、寄り添っててくれてる人だっているのに。

「お前はそんな人も全部全部疑って、何考えているのか確かめずにはおれなくて。
 そうやって結果的に自分で居場所を潰しただけだ。」

「…なんだと?」

信じたい人を信じるためには疑っちゃあいけない。
そんな最初のことさえ見失ってるなんて、どれほどの疑心暗鬼を抱えてたんだろうね。
それともことごとくの人から裏切られてきたの? そこは僕と似ているのかも。
でも、実はそんなことはなかったって判ったためしは本当に一つもなかったの?
ボクは…ボクには……

 “ああでも、やっぱりまだ切ないなぁ。”

あんなに大嫌いな人だったのにね。
ボクをただただ否定しかしなかった人だって、そうと疑わなかったのにね。
本当は出来得る限りの全力で守られてたって、
物騒な異能を持っていたのに、限界ギリギリまで匿ってもらえてたって…。
嘘っていつかはばれるもんだと言うけれど、
でもでもだけど…死んでから知らされてもなぁ。
こんなに幸せだってこと、ちょっとは人の役に立ててるってこと、
胸張って報告したかったなぁと、
長年かけて立派なトラウマになってた誰かさんの面影をこそりと想いつつ、

「ボクが知ってる強い大人はな、
 みんな一人で立ってられる心根の強い人ばっかなんだよ。
 烏滸がましいけど頼ってほしいとこっちが焦れったくなるくらいに、
 どんな窮地にあっても一人っきりにされてても、何でもないよって笑ってられて。
 そのくせ、こっちがぼっちで寂しがってるの、
 どうやってか嗅ぎつけては寄り添いに来てくれるのが申し訳ないくらい、
 強い強い人ばっかなんだよ。」

自信が持てなくてついつい俯くボクだけど、そんなボクへ“おいで”と笑ってくれた。
いけないことへ逃げないで逆らえる、そんな小生意気さを強くなったと褒められたり、
立ち塞がられても顔を上げてつっかかれるようになった強腰へ、
偉くなったもんだと不敵な笑い方してくれる人もいる。
人となりを判り合えてもなお、
だからこそ、それぞれの本分では手を抜かないと真っ向から相手をしてくれる。
いろいろ途轍もない人たちがこちらを認めてくれてたり、
心砕いて大事にしてくれるのへ、
こっちだって胸を張らなきゃあ申し訳ないじゃないか。
そんな負けん気が胸のうちで膨らんでくるから、
爆弾なんておっかないものが相手でも、
怖いと思うより何とかしなきゃという方向で 感覚がぴりぴり冴えて来てたまらない。

 “確か…。”

此処への道すがら、爆破予告の話こそ他人に聞かれてはまずいからと出来なかったけど、
参考までにと解体にまつわる話をしてくれた太宰さんは、

『そうそう、お干どきのナオミちゃんの話に出て来た液体窒素もね、
 下手にいじれない爆弾には効果を発揮することがある。』

電気信号が起爆のきっかけになっている、
若しくは起爆原理そのもの、発火装置となってる場合、
導線を凍らせることで一旦停止状態に出来るから、
現場から遠ざけの、エキスパートを揃えての、
準備万端整えてから改めて解体すればいいのだと。

 “だったら…。”

外套のポケットから掴み出した携帯端末を
火災報知機へ投げてぶつけてスプリンクラーを作動させたのも下準備。
プラスチック爆弾とやらは水気にも強いことくらい知っている。
スプリンクラーで部屋中を濡らしてから、
真の目的、こいつの背後にあったボンベのバルブを睨みつける。
何でもあっという間に凍らせる、危険なガスの詰まったボンベ。

 「……っ。」

こちらの反駁いっぱいな言いようへムカッとしたのだろう、
口許をしかめ、何だとと息巻いたその顔目掛け、
こちらからも一歩踏み込んで素早く伸ばした腕だったのへ。
口ばっかりで荒事には経験が足りぬか、
はっとして怯んだその肩口を、刹那の一振り、
されど掠めもしないで空振ったように頬の脇を通過させれば、

「…た、大したものだね。」

上ずった声がなけなしの威容を保って何とか言葉を返したけれど。
緊張のあまりに的を外したと思ったなら、それは大きな勘違い。
スプリンクラーから降りしきる水も冷たいが、
そんなものじゃあない冷気が、間近の壁からそれは勢い良く噴き出して、
ひぃやあぁぁああっと無様な声が上がる。
そもそもからして殴りかかろうとしたんじゃあなく、
彼の背後にあったボンベのバルブを思いきり叩いたからで、

「な、なんだっ。」

ダウンジャケット越しで、伝わるのに時間がわずかにかかったらしい冷気の正体。
正体が判らぬうちはただただ大きに狼狽えていたものが、
はっと気づくと駆けだそうとしたのを、そうはさせるかとしゃにむに捕まえる。
爆弾もだけれど、こいつも足元凍らせて、寒さに震えあがらせて、
此処へ釘づけにしておかなければって躍起になってた。
堅くて冷たいコンクリの床、濡れてたところが早々と凍っているものか、
今日は去年買ったスノボ用のジャケットを羽織って来ていたの、
良かったとちょっとだけ安堵したくらい冷たくて。

「は、放せよっ。
 お前だって凍るんだぞっ、逃げろよ、馬鹿か? ごらっ!」

がむしゃらに振り回される腕、爆弾なんだろう箱や肘が当たって痛いけど、
此処で離しちゃあ何にもならない。
さして逞しくもない相手の胸廻りをぎゅうと締め上げれば、
肋骨が軋んだかぎゃあとますますの悲鳴を上げたが、
その反動で冷えた空気を吸ったのだろう、ぶるぶる震え出し、抵抗が一気に弱くなる。

 “逃げた人は捕まえられたかなぁ。”

何でだろ、濡れた髪が当たる首とか、耳や鼻先が痛いほどだったのが
急にふわんて何とも感じなくなって。
何もかもが遠のいたような感覚がして、

「…くんっ」

太宰さんが呼んだ気がして。

「人虎っ!」

ああ、こんな大声 普段からも出せるんだなって、芥川の声も聞こえて。
動かすのも辛いほどだったのに、ふんわりと体が軽くなって、
辺りが暗くなったけど、何だか温かいなぁって眠くなって……



 to be continued. (17.11.28.〜)




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 *うあ、
  敦くんも頑張ってますという場面ですのに、
  なんか焦って書いたので随分と端折ったかもしれません。
  怖い痛いは嫌いだからかも、すいません。